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JohnDoeOkinawa’s blog

沖縄にまつわるエトセトラをシニカルにぶった切っていきます…徐々にね

「おおらかさ」と「緩さ」の勘違い

雑事に追われ(妨害が入り)遅くなっています

が、負けません

 

さて、今回は「沖縄幻想にまつわる勘違い」を一例あげてみようと思います。

 

エントリ名そのままなのですが、「古き良き沖縄」の風習というか習慣というか人柄というか…

そういったモノたちが、現代では「自分に都合よい言い訳」として使われがちなのが今の沖縄

 

そもそも、ここ数年の「沖縄ブーム」みたいなものは、感じまするにドラマ「ちゅらさん」に起因していると思う訳です。

「ちゅら**」といったネーミングがそこいらに散見されるわけで…嘘のような話ですが沖縄の人も「ちゅら」を「美ら」だと思っているという現実が、内地発信のモノがブームの火付けに貢献したと思わせるに充分だと…

 

「ちゅら」には「清ら」という漢字を当てるのが正しいのです。

しかし「美ら海水族館」でもお分かりの通り、商業的には「美」を当てた方が一見してポジティブな印象を与えられるため『意図的』にそうしているだけの話(現代では「どちらも正しい」とされています)

 

しかし、その言葉のルーツを重視するのであれば、「清ら」を用いるべきかなぁ…とも考えます。

琉球語と日本語はもともと同じ言語から派生し、地政学的に別の進化を遂げた言語…と英国人宣教師が学問し、まとめた文書があります(なので、説明の詳細は避けます)

 

なので沖縄特有の言語には、やたらと古めかしい古代日本語(大和言葉)が「今でも現役」といった形で多々見受けられます。

「清ら」も平安時代的には常用されていた言葉だそうで

・美しい(外見のみならず)

・濁り一つない

という広い範囲を包括した言葉だったりしたみたいです。

現代語の「きよらか」の方が近いのが「ちゅら」といえばいいでしょう。

 

次に「なんくるないさ」といううちなーぐち

某菓子メーカーのCMで沖縄出身のプロゴルファーが口にしていたのが有名ですが、その後も沖縄のおおらかさや優しさの代名詞のように使われているので耳にしたことのない方を探す方が大変だと思います。

直訳すると「何とかなるさ」「なんてことないさ」となりますが、この訳自体はあまり外れていません。

外れているのは「使われるシチュエーション」です

 

本来「なんくるないさ」は、何か失敗したり失意に落ち込んでいる人に向ける「励ましの言葉」であって…

特筆すべきは「頑張れ」といったプレッシャーを内包した励まし文句ではなく「大丈夫だよ」といった包み込む感じが琉球っぽさに満ち溢れているといったところでしょうか?

(落ち込んでいるときに「頑張れ」と言われて、追い詰められた人は少なくないと思います)

 

話を戻しまして、「シチュエーションが異なる」とはどう異なっているのか?

ぶっちゃけると「『自己弁護、ごまかし』のために使われる」ということです。

自分の犯したミスに対して、自ら「なんくるないさ~」と発言する人が、特に若年層で増えているように感じます。

 

そのような責任回避の言い回しが、実は沖縄には別にありまして…

「だから言ったさ~」

という文言。

のほほんと聞き流す分には良いですが、責任問題を問われるような時ですら「だから言ったさ~」とけれんみなく言ったりします。

で、これが時と場合によってはやったら頭にくるんです(苦笑)

「先に言えよ!ゴルァ」と言いたい衝動に駆られる事しばしば…

 

この「だから言ったさ~」も「しょうがないよ」という後悔を断つ意味合いの方が大きいのでしょうが、これまたTPOをわきまえずに使われてしまっているのが現状です。

 

琉球の人たちは他者に優しく、配慮に満ちていたのでしょう…こういった言葉たちの根源に暖かい何かを感じます

しかしながら、その優しさ、思いやりを自分に向けたらどうなるでしょう?

 

このように、地域の言葉(方言)と本来の使われ方と現代との差異から、その地域の現代の素性が見えてきたりするような気がします