「沖縄という場所」と「沖縄の住民」のギャップ
長年、沖縄に腰を据えて活動してきた経験から言うと…
・沖縄は自然豊かで風光明美、リゾート地としての魅力は充分ある
・沖縄に住む人には、その価値が理解できていない
と感じるようなエピソードには事欠かなかった。
都会感覚で沖縄を眺めると
・米軍の集中している場所(政治的側面)
というのが現状最もフォーカスされがちだが、1972年の本土復帰からずっと「アメリカ極東基地の拠点」である事実は変わらず
「沖縄の人達と共に存在してきた」
というべき
(米軍による取り締まりは近年さらに厳しくなってきており、米兵による悪辣な犯罪は起きるリスクは低く、また、米軍があることによって得られる中央からの予算等、経済支援は他府県に類を見ないほど多額である事は言うまでもない)
しかしながら、沖縄県民は「なぜか?」お金に窮している(貧困とまで言うと語弊があるが)
なぜだろう?
観光資源に恵まれていることは先に述べた通り、それを生かせば(中央政府からの予算も他より多いのだから)、沖縄県の生産性はもっと高くていいはずだ
しかし、平均所得は「200万円/年/世帯」を横ばいのまま続けている。
さて、では「思いやり予算」とも呼ばれるジャブジャブのお金は一体どこに消えているのだろう?
タブロイド報じる「結局は紐付き予算、本土に還流する」という説は嘘ではない
が、本当にそれですべてが失われ、沖縄には一銭も落ちないものだろうか?…普通に考えればそれはありえない
(例えば建築関係、JVなり本土筋が親、県の企業は子から始まるのは確か。実際に活動するのは孫、ひ孫、玄孫というのは確かだとしても、実働している以上賃金は発生するし、つまりすべて本土に還流する訳ではない)
先に言っておくが、私は「沖縄という土地」が大好きである。
この表現で臭いを感じ取ることができると思うが…
経済的困窮は「沖縄の人達」に何か原因があるといえる。
別に差別するつもりは無いし、馬鹿にするつもりもない
しかし、確実にそう感じるのである
たとえば
沖縄の人に沖縄の良さを語ってもらうとする
と…観光ガイドに書かれている以上の何も出てこない
いや、出てくるものは、沖縄に永住するのでなければわからない事ばかり(ゆいまーる等)
沖縄に代々住んでいるのに「沖縄の価値をほとんど知らない」…と、思っていたが、それじゃあ他の沖縄を語っている言説と似たり寄ったりなので…
更に突っ込めば
・初めは占領軍のアメリカが開発したリゾートからこぼれる銭で普通以上の贅沢が出来
・返還後は(海洋博はポシャった企画なので黒歴史)、本土主導の観光誘致計画で…こぼれ銭でそこそこ楽できた
つまり、自助努力の必要なく不労所得にも似たお金を得られてきたせいで、努力することをやめてしまったのである。
きれいな海…それだけで観光資源だが、沖縄の人は滅多に海に近づかないから(※後述)+当たり前の風景だからその価値がわからない
価値がわからなければ生かしようがないのも当然といえば当然だが、本土からリゾート化目的で大企業が入って来ているのだから、どうやって付加価値付けをしているか?学ぶ機会はあった筈なのに…だ
(そもそも付加価値の概念が希薄というか異なる方向のモノに感じる…「(勝手に)出店を開く」とか、公共の場で「入場料を取る(未公認)」とか、「ちょっとそれってどうなの?」な事はあちこちで散見されるが…それすら気分次第であったりなかったり…)
重ねていうが、私は沖縄が大好きである。
そこには「土地に住む人」も当然含まれるのであるが、全員ではない…というか、悲しいかな非常に少数であるのが残念で仕方ない。
ではその他大勢はどうか?
・同じ沖縄県民で妬みあい、奪い合う
・「中央(政府)が悪い」と愚痴る(「基地を押し付けられて…」という類の妄言も同様)
自分で頑張って抜け出した人を妬み足を引っ張る…というのは、別に沖縄だけの話ではない、日本人の悪い特性だ
しかし、何の努力もせず不平不満ばかりで、実際には本土よりチャンスがゴロゴロ転がっているにもかかわらず、それを見つける努力も、掴もうとする野心もなくただ不満を愚痴っているのではどうしようもないではないか!
だから、似非(プロ)主義者にいいように利用されてしまう。そうやって自らを傷つけても、矛先は「政府が悪い」だ…この連鎖に救いはない。
不勉強な大資本が沖縄に入って…結局出ていく
「定石が通用しない」という言葉を残して
そう、沖縄は今なお特殊な文化が残っており、一般的な経済の通念が通用しない。
何を意味するか?
守られているのである。
大資本に蹂躙されないよう、近隣諸国から経済植民地化されぬよう守られている、これは「沖縄の人にしか出来ないことがある」という意味も内包している
のにである!それに気づかず生かすこともせず…それに対して哀しさを通り越し、憤りすら感じるわけである。
沖縄の観光資源は未だに「戦争被害」によるものが多い
島尻で「ひめゆり」に行けばよくわかる(車で通り過ぎるだけでもいい)
「悲しい歴史を忘れず、繰り返さぬように」とつくられた碑石の前では「赤や黄色の目を引くPOP」が並び土産物販売に力が入っている始末
(内地人なのにやたらと腹が立ったのを記憶している)
「もう、ダブルスタンダードはおしまいにしないとまずいんじゃないか?」…そう言っても多くの沖縄の人たちには響かない(ダブルスタンダード:被害者利権とリゾート利権)
90年代にバブルに浮かれていた人たちと同じ?この状況が終わることがないと思っているのだろうか?
現在、偏った大手報道で上手いこと情報誘導できているとしても、今後ネットメインで情報を得る事がスタンダードになればそのメッキはすぐに剥がれる(実際、すでに始まっている)。
絶対にないが、もし米軍全部隊が沖縄から撤退したらどうなるのか?
地政学的な話は置いとくとして(中国領になるとか)、どのように生産性を作り所得を得られるのか?…そのクリエイティビティを沖縄の人たちは鍛えておかなければいけないと思うこのごろである
というわけで、マルチまがい商法や地下金融が未だ大手を振っているのは沖縄だけ
あと、スピリチュアル詐欺も後を絶たない(というか、詐欺全般が増えている)のも沖縄
同胞同志で喰いあいし、本土から来た「自称沖縄に呼ばれた導師」が尻の毛までむしり取る…
これでは某「ちらしの裏」掲示板で「未開の民」扱いされても仕方ないのではないか?
そういう輩から沖縄を守り、代々沖縄に住んできた人たちに啓蒙することを諦めずに行っているが…
「基地反対!」とかプロ市民に乗せられてる場合じゃないよ!
本当に「自分の産土(生まれた土地)」を想うなら…
内包する毒を吐き、グローバル化せずに地産地消の本物を自分の言葉で言えるようになることではないかなぁ…
附則:
プロ市民以外の本物の左翼活動家が沖縄には居ます(当然プロ共と連帯などしていない)
彼らの方がよっぽど沖縄を大切に想い、夷敵排出のため人生懸けてます…まわりまわって左じゃなくて右(沖縄的に)なんですね(本来、右派や左派は情勢により流動的存在なので、これが本当の形なんだと勉強になりました)
海に行かない沖縄の人:
本当に沖縄の人たちって(若者は例外)海にほとんど行かない。泳いでる地元民は、ほぼ例外なく漁師(海人)
堤防付近でBBQ(ビーチパーリー)はよくやるけれども…そこまでが一般的な沖縄の方の海との接し方
風習によるもので「海の向こうは黄泉の国」というのがっ根っこにあるんでしょうね。
旧盆の3日間は海が見えるところにすら行かないですから…
とまぁ、こういうところが「似非宗教」や「スピリチュアル系詐欺」が入り込みやすい要因にもなっているんでしょう…先祖や霊を大切にする良い風習なのに、そういうウェットな部分を汚す奴らがいっちばん許せんのです!
インネンつけようと思えばいくらでも、語弊ありまくりな表現満載ですが、つけたければどうぞ
そこに未来はないですから…
このエントリを読んでくださる方が、真剣に生きることにエネルギー使ってくれる人であることに期待します